【リプレイもどき】あまりのロトロ vs店主戦EX【捏造あり〼】
店シナリオ「あまりのロトロ」にて対戦可能な店主戦を色々アレンジしたリプレイもどき。
妄想と捏造と補完で出来た小説みたいな何か。
シナリオ作者の柳の火様 のキャラを一部お借りしております。
#よその子 #柳火(黒パナ)
#うちの子 #ファスト
「手合わせ? ……俺とやるつもりなのか?」
「えぇ。以前、その程度なら付き合っても構いませんよ……と言ってあったでしょう?」
謳う烏亭の一角。さほど広くもない部屋にいる三人の内、紅コートの幾分年経た男──ファストが問いの言葉に頷いてみせる。
「お互い忙しい身です。こういう機会も少ないですからね。……まあ、こちらの商品をのんびりと見せていただくのもなかなかに有意義ではあるのですが」
言って、チラリと視線を向けた先では淡い微苦笑を浮かべる女性の姿があった。夏樹と名乗る彼女は、ファストの言いたい事を正確に察している様だった。悪戯な眼差しを後ろへと送る。目線の先には、壁に背を預け腕を組む青年がいたが、その表情は読めない。それも当然だろう。彼の頭頂部はすっぽりと独特の兜──当人曰く、パナッシュと呼ばれる部類のものらしい──に覆われていたからだ。
「……そうだね。なかなか会おうとして会える事自体が難しいものね」
「む」
こもり気味の唸り声。青年──柳火が頬を掻く代わりに兜の表面をコツコツと指先で叩くのを横目に、彼女は続けた。
「もう何回かこちらの方、来店してたんだよ? 実は」
「マジか」
「ははは、マジですね。此方で店を始めたと聞いたので、何度かお邪魔はさせて頂いていたのですが……毎度、貴方は留守でして。挨拶の一つも出来ませんでしたのでね」
「ほら、何ヶ月か前にお高い紅茶頂いたって話したでしょう? その時が初回でね?」
「それは……何というのか、申し訳ない」
普段は高慢な言動も垣間見せる柳火ではあったが、別に礼儀を知らないわけでもなければ人の心が無いわけでも無い。尋ね人を何度も空振りさせていたと聞けば多少なりと罪悪感はわいてくる訳で、謝罪の一つもしようというものだった。もっとも、謝られている当人はあいも変わらずにこにこと穏やかな笑みを浮かべて見せているわけだが。
「いえ、構いませんよ。冒険者たるもの、引く手数多というのはある意味良い事です。閑古鳥であるよりかはね」
まあ暇な方が世は平和なのかもしれませんが、などと嘯く口調は冗談の様な軽さであったがどこまでが本気なのかを柳火は結局読み取れずにいた。兜の下で己が苦い顔をしている事を、この客は察しているのだろうかと眉根を寄せる。
ファストと柳火。二人は、普段からそれぞれに異なる宿で活動している冒険者である。
他の多数の冒険者達と彼らが少し違うのは、お互いよく一人きりで依頼を受け活動することが多いという事だった。基本的に冒険者は一人きりでは動かない。複数人でチームを組み活動するのが一般的だ。ソロ活動をする冒険者というのは相応の実力を持たねば生き延びることが出来ず、そして生き延びてしまえばそれはそれで界隈の中において嫌でも目立つものである。
二人が知り合ったのは、そういった特に望んだわけでもない名声の招いたトラブルが原因だったりはするのだが……閑話休題、今では偶にどこかで顔を合わせては軽く挨拶する程度の交流を持つ様にはなっていた。とはいえ、それは本当に軽く挨拶する程度でここまで長時間同席する機会はそうも無かった。
ただ、二、三、交わした言葉の中で手合わせの一つでも出来たら面白いだろうとか何だとか言ったような記憶は、柳火にもある。半ば社交辞令──にしても物騒極まりないのかもしれないが──の様な一言だったが、それを覚えていてわざわざ提案してくれる辺りは律儀と言えるのだろう。しかし、どうにも柳火が警戒してしまうのはファストの食えない性格を多少は知っているからだった。
(まあ……流石に普通に手合わせするだけのつもりだとは思うが)
何を考えているのか良く分からない笑顔のままのファストへと、柳火は声をかける。
「……とりあえず、場所を変えようか。裏に結界を張った場所がある。そこなら誰も迷惑かけずに、思う存分暴れられるはずだ」
「やる気満々ですねぇ」
「……言い出したのはそっちだろうに。夏樹」
柳火は、複雑な表情で男二人を見ていた妻へと声をかけた。
「少し遊んでくる」
「うん、分かった。あまり苛め過ぎないようにね」
「おやおや……苛められてしまうのは怖いですねぇ」
「どの口がそんな事を」
呻く様に呟きながら、得物である大鎌を片手に扉を潜ろうとした矢先に飛び込んできた影を柳火は捕まえる。栗色の髪と尖った耳をした男だった。口元は布で隠され表情は窺い辛いが、ぐぇ、というカエルを絞めた様な声が聞こえる。非難の眼差しが即座に向けられたが、兜の中からしれっと悪びれない声で柳火は告げた。
「丁度良いところに。水城、あんたも一緒に来い」
「……知ってた」
水城と呼ばれた男は何を言っても無駄かと諦め顔でぼやけばそのまま引きずられつつ外へと連れ出されていく。その光景に小さく笑いながら、ファストは残された夏樹へと軽く一礼して後に続くのだった。
案内された先は、木々の生える合間にある開けた空間だった。聞こえるのは風に揺れる草葉の音程度で、随分と静かなものである。人払いも兼ねた結界の効果もあるのかもしれない。その真ん中付近までくれば、柳火は水城を開放した後で鈍く光る大鎌を手に振り返りつつ口を開く。
「さてと……、手合わせ前の準備といこうか」
これは実戦ではない。ならばこそ、充分な準備時間を与えるのが柳火の常であった。誰が相手であろうと、手合わせを頼まれればそうしてきた。今までもずっと。だから今回も──例え相手の方が経験豊富だろうが何だろうが──同じ対応をしようとしていたのだ。
しかし、
「!」
「待てファスト! これ以上は──」
移動中に教えてもらったばかりの名を水城が叫ぶように呼んで制止する声を聞きながら、柳火は自らの勘に従い素早く身を捻り鎌を構えた。ほんの一瞬の時間を置いて、今まで首のあった位置をあっさりと薙ぎ払っていく鋼色の風。踏み込みの音も気配も感じなかった。それ程の不意打ちの一撃を、曲線を描く刃がギリギリで弾き返す。
殺意すらない一閃。しかしそれは、明らかに手合わせなどという言葉には不釣り合いな必殺の攻撃だった事を感じ取り、極力抑えようとしていた柳火の闘争心に火が灯る。
「もうこの際、遠慮しなくても良いよな?」
「えぇ、えぇ……ご自由に。私は貴方に合わせるだけですから」
でも、手合わせ程度で貴方は満足しますか?
どこから、何時の間に取り出したのか。しろがねの刃を煌めかせる剣を手に、場の空気と不釣り合いな程穏やかに微笑む紅コートの男の眼差しが、そう語っている。だからもう、柳火は我慢するのをやめた。
「手合わせなんてもう生温い。……ファスト、勝負だ!」
言うが早いか、柳火は瞬時に自らに防護の術をかける。直接的な対決は初だが、ファストは武術だけでなく魔術にも通じた戦士であるのは風の噂で知っていたからだ。ならばその攻撃手段の一つを封じるのは大切な事である。先手をとり、魔術的な効果を完全に遮る力が全身が覆うのを感じながら長柄の大鎌を手に構えた。踏み込んだ左足が大地を叩き、そこを軸に腰と腕の力でもって下方から斜めに切り上げる様に刃を振り回す。その斬撃は酷く重い。まともに正面から打ち合えば剣を持っていかれる事は必死だろう。
それを見抜いているからだろう。ファストは後方に一歩引く事で応じた。喉元ギリギリを鎌の刃先が振り抜かれていくのを見送りながら得物を手に柳火の懐に踏み込もうとして、しかしやめる。選んだのは攻撃ではなく──
……ギィンッ!!!
目にも留まらぬ速さで迫る刃を受け流す事だった。先の空振りをそのまま利用し、更に回転を乗せて再度大鎌を振るう柳火の一撃をいなした剣が、勢いに負けてファストの手の中から弾き飛ばされる。霊体すら仕留めそうな一撃を無理に耐えれば手首を痛めかねない。それを嫌厭して手放した自分の武器が、遠い地面に落ちる音に振り返る事すらせずにファストは軽く首を傾げて呟いた。
「その大きさの得物を扱っておいて、なかなかの速度を出しますね?」
「武器も無いのに余裕の態度だな」
にじり寄るように距離を詰めながらも、柳火は警戒を解かない。本来ならば短時間で追い詰められたと見てもおかしくない現状ではあるが、ファストの言動に焦りが無いからだ。魔術を封じられ武器を失った程度でお手上げになる様では、ソロで冒険者など出来はしない。それは自らもソロで活動する機会の多い柳火自身が誰よりも理解している事である。
「あまり舐めていると、幾らアンタでも足元を掬われるぞ……!」
とはいえ、相手の戦力が落ちているこの好機を逃す訳にはいかない。短く叫ぶと同時、素早く距離を詰め大鎌で凪ぐように連続した斬撃を放つ柳火。一薙ぎする度にその速度と鋭さを増す刃は、当たれば必殺の威力を込めた強烈なものだ。が、しかし。
「それはどちらの話でしょうか、ね?」
囁き声を残して、刃の軌跡すれすれの場所で紅コートが翻る。低い、よく通る声で歌声が響いた。酷く複雑な旋律は、明らかに戦闘中に紡ぐには場違いに難易度が高い。それを、柳火の攻撃を丁寧に回避しながらファストは紡いでいた。勿論ただの歌ではない。濃密な魔力の気配が音色の内側には滲んでいる。呪歌だ。
思わず柳火は、先程自らにかけた防護の術を確認した。長時間継続出来るものではなかったが、まだ効果時間の内だ。例えどれほど強大な術であろうとも、それが魔力を利用したものである限りその術の効果は届かない。それを理解している筈だというのに、一体何を考えているのか。兜の内側で柳火は眉根を寄せる。彼の視界に入っていた紅コートが消え失せたのは、その一秒後だった。
気付いた時には、もう遅い。
腹部に軽く触れる、掌の感触。
壊れ物を扱うような静かな接触から、一拍を置いて。
「ぐぉッ!?」
重い衝撃が内臓を打ち据える。衝撃に吹き飛ばされ背中から地面に叩きつけられた衝撃で思わず咳き込みながら、柳火は何とか首を上げた。唇を切ったのか、口の中に生臭い味が広がるのを感じながらも呻く。
「ゲホッ……今、のは……」
「気功法を使いこなす相手は、下手な武器持ちより危険ですよ。身体強化を最大限に行った相手ならばなおさらに。実戦だったならば致命的な所でした。……勿論、御存知でしょう?」
「さっきの呪歌は、攻撃じゃなく……強化目的か。アンタ……油断させるために、わざと武器を手放したのか……?」
「まさか。アレは望んでの展開ではありませんよ。……まあ、想定内の事ではありましたが。貴方の武器と貴方自身の実力を考えれば、ね」
うっすらと口元に笑みを貼り付けて、ファストは落ち着いた足取りで地に落ちたままだった剣を拾い上げる。それを鞘へと収めながら、ようやっと身を起こす柳火へと視線を投げた。鎌の柄を支えに立ち上がるまでを見守りながら、剣はコートの内側へとしまい込まれていく。
「では仕切り直しと参りましょうか」
「……その余裕面、絶対ぶん殴ってやる」
「出来るならばどうぞ?」
言いながらファストがコートの下から抜き放つのは、形の同じ二刀一対の片刃の短剣だ。その刀身には既に仄かな炎の気配が宿る。
「今度は私から行かせていただきますね」
軽い口調と裏腹、地を砕く程の衝撃を伴う踏み込みは紅の影を瞬時に最大速度まで加速した。編み上げられた術式は、刀身へと絡みつけば鮮やかな火の粉を散らし使い手の動きに軌跡を描く。柳火の刃の内側へファストが躍り込んだのは、ほんの瞬く間の事だった。
「天を砕く一撃、耐えきれますか?」
膂力と速度、更には技巧でもって放たれたのは天を焼く焔の一閃。
どれが欠けても成せない一撃が、柳火を襲う。
「チィ……ッ!!!」
既に防護の術式は時間切れだ。純粋な技術でこの攻撃をしのがなければならない。柳火は即座に大鎌を手放し短剣を引き抜いた。身を焼き尽くそうと踊る焔を時に引き裂き、時に回避しつつ追いすがる相手の二対の刃を弾き返す。そして、ほんの僅かの炎の切れ間を見逃さず大鎌を蹴り上げれば再び柄を握りしめ、全身の力を利用して大振りな横薙ぎを放った。
勿論その動きを見逃す相手ではなく、ファストは即座に後方転回を一度二度繰り返し距離を取る。大鎌の刃は、ほんの僅かにその紅コートの一部に掠めただけだった。尚も追い縋ろうとする柳火だったが、それを妨害する様に投擲されたのは先の短剣だ。一拍遅れで飛んでくる二刀を大鎌の柄で器用に撃ち落とし、続けて次の攻撃に移ろうとする。が、しかし、感じた嫌な気配に反射的に踏みとどまった。
その判断が、彼の命を救う。
ヒュカカカカ──ッ!!
ほんの目と鼻の先を掠める様に虚空を貫通していったのは、先の短剣など小さく見える様な剣の群れだ。その全てに強力な魔力と背筋の寒くなるような威圧感を感じる。神話の武器が顕現したならばまさにこういう気配を感じるのではないかと思えるような凶器の群れは、得物を逃し近くの木々に突き立ち或いは貫通粉砕した後に消え失せた。
一瞬の幻のような蹂躙に血の気が引く。立ち止まっていなければ、あの引き裂かれた木の幹の様になっていたのは柳火自身だったのだ。
「具現術、だと……?」
「おや、御存知でしたか。御名答……まぁ、神話級の武器を一時的に顕現なさしめるのは流石に骨が折れますがね。外れてしまいましたし」
言いながらもファストは指を鳴らす。男の背後の虚空に無数の波紋が現れ、そこからズルリと剣の、槍の、刀の、石突きの、数え切れない凶器の先端が覗くのは悪夢のような光景だった。あのどれもが普通ではない魔力を宿しているのが遠目にもわかる。その全てが無造作に弾丸のように放たれる為だけに顕現させられているのだ。
背筋に立つ鳥肌を感じながらも、しかし柳火は逃げるつもりなど毛頭なかった。見えない兜の内側で自然と口の端が釣り上がる。明確に感じる死の手招き。それは反面、今ここで確かに脈打つ命を感じさせるには充分過ぎた。その感覚が、恐怖や怯えより先に彼を奮い立たせその精神を燃え上がらせる。
「くく……くっはは、は……そうだ、そうじゃあなきゃな……!!」
「……血の気の多い方ですよねぇ、本当に」
得物を握りしめ狂気的とも言える闘志を滾らせる柳火へと、向けるファストの細められた金の瞳に覗くのは濃い呆れの色だった。頭を振れば、ため息をつきながら腕を振り上げる。
「しのいでごらんなさい。メインディッシュとしてはそれなりの難易度でしょう?」
「上等ォッ!!」
吠えて駆け出す狂犬を見据えたまま、ファストが腕を振り下ろす。それを開始の合図に矢の様に放たれる武器の数々。直撃すれば大怪我どころか命すら消し飛びそうな高速で飛来する弾幕に対し、柳火は最小限の回避と大鎌での防御で挑んだ。対応速度とは裏腹、丁寧かつコンパクトな動きで捌きつつも前進は止めない。どうしても避けきれない数々の武器の切っ先が、その全身を細かく切り裂き浅い傷を大量に刻んでいく。
それでも柳火は止まらない。兜の奥から彼が見据えるのは、ファストの首ただ一つ。
具現術による神器の嵐を潜り抜け安全な空間へと走り出た柳火は、そのままの勢いを殺すこと無くファストへと接敵する。同時に、場に幻影を見せる空間を展開した。撹乱と揺動を狙った柳火のとっておきだ。普通ならば防御向けとも思えるこの術だが、目の前の敵に自分を見失わせる効果を利用すれば攻撃の一手としても充分に使える。
相手が幻に惑わされている間に気配なくファストの背後へと回り込んだ柳火は、音もなく大鎌を振り上げた。頑強な鋼の鎧をも切り裂いてのける必殺の刃。その凶刃が紅コートを引き裂き血が噴き出す。
──…その筈だった。
「前も言いましたよね」
静かな声だった。
まるで、大人が子供に言い聞かせるような、そんな声。
「貴方の殺気はとても真っ直ぐで正直だからわかりやすい、と」
振り下ろしたはずの刃は何の手応えもなかった。
霞を斬ったかの様だ。
もちろん、刃の先に既に狙った相手の影はない。
「もう少し冷静になりなさい。闘争に溺れる様では、まだまだ半人前ですよ?」
「……ッ!」
反応できたのは半ば勘だ。反射的に前へと上半身を倒すように回避すると同時、頭上を腕が掠めていく。ファストが自分を捉え損なったと判断し反撃に踏み切ろうとする柳火だったが、次の瞬間、高まる魔力の気配にギョッとする。間髪おかず弾ける衝撃。吹き飛ばされ転がりつつも何とか起き上がる柳火へと、背後から囁くような声がかけられる。
「……嗚呼、そうそう。今のを避けられた御褒美に、ひとつだけ教えておいてあげましょう」
振り返った先、言う男の顔に違和感があった。
一体何が、と一瞬訝った柳火だったがすぐに気付く。
何時も身につけている筈のモノクルが、そこにはなかったのだ。
「私の左目は少々特殊な処理を施してありまして……こういった幻の類は効きませんよ。あしからず」
その代わりに、嫌にはっきりと見えたのは、煌々と輝く彩色の瞳。
「呪印起動。魔導封咒刻印、三番から一番までを全て開放」
その文言を鍵として、ファストの右腕を覆っていたコートや革手袋が千切れ飛んだ。晒された腕の表面を紅い光が脈動する様に奔る。周囲からその腕へと、恐ろしい勢いで魔力が吸収されていく気配に柳火の背筋を冷や汗がつたう。
アレはマズいものだ。放置していたら確実に危ない。生存本能の悲鳴に従い、妨害すべく動こうとする柳火。一足飛びに接近すると同時に振るわれた大鎌が唸り、風を斬って迫る動きは今までで一番速い。しかし、ファストの動きはそれより更に速かった。
「疑似レイライン、全段直結……目標の完全沈黙まで、限界の突破を許可する」
眼前から瞬時に消え失せる紅の影。
間髪入れずに下段から掌を打ち据える一撃に、思わず握っていた大鎌が吹き飛ばされ柳火の体勢が崩れた。
「……おしまいです」
がら空きになった懐に滑り込んで来た男は微笑む。
そして、凶悪な魔力の塊を纏った右手が柳火の腹部へと容赦なく叩き込まれた。
「少々、大人気無かったですかね……?」
気絶したまま水城に抱えられて店内へと戻っていく柳火の背を見ながら、ファストは一人ごちる。
「……まぁ、少々興に乗りすぎたのは事実でしょうか。反省案件です」
ファストからしても、久々に手応えのある相手との戦いだったのだ。諦めず食いついてくる姿勢は真っ直ぐで、ついつい何処までついてこれるのかを試してみたくなってしまったのは確かだった。本来なら使わずにおこうと思っていた魔眼やら呪印やらの奥の手を総動員してしまったのも、頑張った彼への褒美のつもりではあったのだが。
これは相手からすると迷惑だったかもしれない、と今更気付いて頬を掻く。説教しておいてなんだが大概己も未熟だ。まだまだ修行が足りないとひっそりファストは反省しつつ、短剣を回収し、再構築系の術式でコートの修繕──流石に皮手袋は欠片も残っていないのでどうにもならない為、諦めた──を行い、懐にしまい込んでいたモノクルをかけ直せば二人の後を追う。
「先ずは、奥方への謝罪ですね」
心配してくれる者が、護るべき存在がまだ柳火には居るのだ。
それはとても得難い宝である事を、彼は理解しているのだろうか。
「……あの死線潜り好きな所さえ直れば、彼女の心労も多少は減るのかもしれませんが」
扉を開く直前。
呟いたその言葉はあまりに小さく、誰に聞かれる事もなく風に紛れるのだった。畳む
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